菱田海鴎

名は重禧、通称は文蔵、大垣藩士。業を安積艮齊に受ける、藩老小原鉄心に識られ藩学教官に抜擢される。維新の際、鉄心と共に王事に奔走する。当時の詩歌「絶命之詩」は盛んに傳昌された。中興の後、士官に擢んで待勅令及び令規。多く其の起草に関わる。後、福島県知事、青森県令、広島控訴裁判所判事。文部省書記官。退官後、帷を輦下に垂し儒家を業とする。明治28年没。年60.

       慨 世 (一)
詐奪成風倫理衰。    詐奪 風を成し倫理衰う
良民何以免寒饑。    良民 何を以ってか 寒饑を免れん
可憐蓬戸千人産。    憐む可し 蓬戸千人の産
不抵鸞家一葬衣。    抵らず鸞家の一葬衣

       慨 世 (二)
巾幗甘心事外賓。    巾幗甘心 外賓に事え
枉将鬼瞼嚇吾民。    枉げて鬼瞼を将って 吾民を嚇す
誰言当路持権者。    誰が言う当路 権を持する者と
大丈夫児無一人。    大丈夫児 一人無し

       上洛述懐
投筆仗長剣。   筆を投じて 長剣に仗り
飄零遊帝京。   飄零 帝京に遊ぶ
潜身交浪士。   潜身 浪士に交はる
画策謁公卿。   画策 公卿に謁する
港水腥風起。   港水 腥風起り
関雲殺気横。   関雲 殺気横たえる
青衿君莫笑。   青衿 君 笑う莫れ
魏相亦書生。   魏相 亦書生

        鴨東竹枝
五日参朝一日閑。   五日参朝 一日閑なり
蓬頭粗服跨洋鞍。   蓬頭粗服 洋鞍に跨ぐ
春風不使英雄老。   春風 英雄をして老いしめず
花満鴨東十二欄。   花は満つ鴨東の十二欄

      閑居雑詠
杜門常養病。   門を杜して 常に病を養う
地僻似山林。   地僻にして山林に似たり
泉濯苔衣浄。   泉濯いで苔衣浄く
花園鳥語深。   花園みて鳥語深し
看人惟白眼。   人を看る 惟だ白眼
報国獨丹心。   国に報ずる 獨り丹心
自重愼眠食。   自重 眠食を愼む
此身猶万金。   此の身 猶を万金

       09/17/09
        石 九鼎