山東直砥

山東直砥。号を三栗と称す、紀伊の人、初め高野山の僧侶、一朝感ずる処あり、播州に到り河野鉄兜の門に学ぶ後、大阪に赴き松本奎堂、松林飯山・岡鹿門の共立する双 松岡塾に入り苦学し後、北海道に航し函館で露語を学ぶ、亦長崎・京都の間に往来し樺太開拓の急を論ず維新の初め開拓判官となる。
辞職後、東京で北門義塾を開き子弟を養成する、明治4年神奈川県参事。辞職後、民権論を主張す十年の役陸奧宗光の謀に與みし土佐派と呼応し政府を顛覆しようとしたが果たせず纔かに罪を免る癇癪を病み失神して火爐に陥り顔面を焦爛す耶蘇教を信じて市に隠れて病て没す。直砥詩書を善くし一家を成すに足る。


     
滄江明月夕。  滄江 明月の夕べ
顧歩皓衣仙。  顧歩 皓衣の仙
欲問千年事。  問わんと欲す 千年の事
一声鳴上天。  一声 鳴いて天に上る

     新潟竹糸
春事匆匆夢一過。   春事 匆匆 夢一過
桃花落盡渺煙波。   桃花 落ち盡し 煙波 渺たり
八千八水合成海。   八千八水 合し 海と成る
不及吾儂紅涙多。   及ばず吾儂 紅涙 多し

     秋 暁
秋人趁例易眠醒。   秋人 例に趁て 眠醒 易し
銀漢東流暁色青。   銀漢 東流 暁色青く
絶愛牽牛花数点。   絶て愛す牽牛花数点
淡於残夢小於星。   淡き残夢は 星よりも小く

     秋晩書懐
不耐西風冷。  耐えず 西風の冷やかなること
三秋欲暮天。  三秋 暮れなんとするの天
寒花幽岸雨。  寒花 幽岸の雨
落日乱山煙。  落日 乱山の煙
何用糟騰酔。  何ぞ用いん 糟騰の酔
唯応困頓眠。  唯だまさに頓眠に困す応し
野菜香勝酒。  野菜の香は酒に勝れり
一喫意悠然。  一喫すれば 意 悠然たり

    瓦斯灯
萬点華灯向晩明。   萬点 華灯 晩に向って明かに
天辺何問月輪生。   天辺 何に問う 月輪の生ずるを
誰知一管煤煙気。   誰が知る 一管 煤煙の気
幻出人間不夜城。   幻出人間 不夜城

    新聞紙
街談巷説筆頭収。   街談 巷説 筆頭収まる
日々傳新到処周。   日々 新を傳う 到処の周り
褒善貶悪無假借。   善を褒め悪を貶り 假借無く
人間幾部小新聞。   人間 幾部 小新聞

    霜晴散歩
愛此霜晴暖。  愛す此の霜晴の暖
吟行村路斜。  吟行 村路斜なり
凍蝿粘病樹。  凍蝿 病樹に粘り
癡蝶恋狂花。  癡蝶 狂花に恋う
入店沽新酒。  店に入り 新酒を沽う
尋僧乞好茶。  僧を尋ねて 好茶を乞う
楓林帰去晩。  楓林 帰去の晩
酔面映余霞。  酔面 余霞に映ず

   09/03/28      石 九鼎