中村 餘容 (1904~1982)

.中村餘容.。埼玉県は武州岩槻の出身。名は雍子。号は餘容。別に一葦の号が有る。少時より書・画・詩・禅・を学び、南画家として一生を終わる。著書に「孤雲詩画集」がある。

    
蘭生空谷中。    蘭は生ず 空谷の中
蕭艾不同類。    蕭艾と 類を同じうせず        蕭艾(しょうがい)=雑草。転じて卑しい人。
臨澗一花開。    澗に臨んで 一花開く
寒香旋散四。    寒香 また四に散ず
   ◆此の詩、押韻は類・四・寘を用いている。
     
   絶 巘                             絶巘=(ぜつけん) 険しいやま。
絶巘半空横。    絶巘 半空に横たわり
勢如負嵎虎。    勢は 嵎を負うが虎の如し       負嵎=虎が山の険しい所を頼みにして、その威勢をはる。
流光何冷然。    流光 何ぞ冷然たる
明月皎間吐。    明月 皎間より吐く
   ◆此の詩押韻は、虎・吐・虞 韻を用いている

   秋 江
渺渺秋江濶。    渺渺として 秋江 濶く
餘霞散綺紅。    餘霞 綺を散じて紅なり
漁歌隔前浦。    漁歌 前浦を隔て
瑟瑟荻花風。    瑟瑟たり 荻花の風
  ◆此の詩「承句=「餘霞散綺紅」は南朝斎の詩人。謝朓の名句「餘霞散成綺。澄江静如練」からきている。

   答 人
鏡花本是没蹤跡。    鏡花 本と是れ 蹤跡を没す
水月元来無去留。    水月 元来 去留なく
独吮枯毫圖一景。    独り枯毫を吮い 一景を圖れば
曠然南海十分秋。    曠然たり 南海 十分の秋
  ◆鏡花水月; 見るだけで手に摂れない。故に幻の例え。即ち、感知できても説明できない深い趣のたとえ。
   此の詩、前対格。

   新 竹
殷其雷在夏天初。    殷たる其の雷は 夏天の初に在り
緑竹猗猗脱籜舒。    緑竹 猗猗として 籜を脱して舒ぶ
漸引涼風幽韻起。    漸く涼風を引いて 幽韻 起こり
似聞寒水注清渠。    聞くに似たり 寒水 清渠に注ぐを
  ◆殷其雷:(詩経・召南)殷其雷。扁三章あり。

   紫 蘭
紫蘭花発古巌傍。    紫蘭 花発く 古巌の傍
露啜明珠葉葉長。    露 明珠を啜り 葉葉 長し
雲外仙妃来髣髴。    雲外 仙妃 来りて髣髴
風揺幽佩送清香。    風 幽佩を揺がし 清香を送る

   焦 土
侍母兵間遠避危。    母を侍し 兵間 遠く危を避ける
春宵頻夢在京時。    春宵 頻りに夢む 在京の時
偶尋焦土花纔発。    偶々尋焦土を尋ぬれば 花 纔かに発き
長嘆臨風無一詩。    長嘆す 風に臨んで 一詩の無きを
  ◆兵間:戦争中

   寒 山
独往寒山寺。   独往 寒山寺
迢迢麋鹿蹤。   迢迢たり 麋鹿の蹤
地霊雲自悶。   地霊にして 雲 自から悶し
澗遠樹相重。   澗遠くして 樹 相い重なる
高層豈易逢。   高層 豈に逢い易からんや
樵童遥指処。   樵童 遥かに指す処
嶺上一株松。   嶺上 一株の松

     08/12/08    石 九鼎  著す