李陵與蘇武詩 李陵 蘇武に與うる詩 良時不再至。 良時は再び至らず 離別在須臾。 離別は須臾に在り 屏営岐路側。 岐路の側に屏営して 執手野踟?。 手を執って野に踟?す 仰視浮雲飛。 仰いで浮雲の飛ぶを視る 奄忽互相踰。 奄忽として互に相踰ゆ 風波一失所。 風波一たび所を失へば 各在天一隅。 各々天の一隅に在り 長當従此別。 長く當(まさ)に此れ従り別るるべし 且復立斯須。 且(しばら)く復た立つこと斯須(しばらく) 欲因晨風発。 晨風に因って発せんと欲す 送子以賤駆。 子を送るに以って賤駆をせんとす ◇良時=良き機会 ◇須臾=しばらくの間 ◇屏営=恐縮して安かならざる姿 ◇岐路=道の分かれる処 ◇踟?=進まないすがた ◇奄忽=たちまち ◇風波失所=波浪の動揺するさま ◇晨風=鷹の一種=ハヤブサ ◇賤駆=卑しき身 李陵は武帝の時に匈奴を撃つて、力尽き遂に匈奴に降り、後に右校王となり、一生、漢に帰ることができなかった。彼は漢に仕えていた時も匈奴に入ってからも蘇武とは親しい交際を続けていた。此れは蘇武が漢に帰る時に見送り来て作った詩であるが、古来から、悲痛の感情が現れ読む者をして心を打つ詩である。と伝承される。 君に逢う良い機会はもう二度と来ないと思うているのに、今君を送りに来ればもう別れなければならぬ、時刻が迫って来ている。岐路の傍に恐縮しながら君の手を硬く握ったまま野原にためらっている。仰いで空に浮かんでいる雲を眺めると、その飛び馳せる間に、忽ち互いに飛び越えて行き、何れの雲も一つ箇所に落ち着いて居らぬ、風波も動揺して一定の場所から動いて各々分かれ分かれになって天の一角に離されてしまうことになる。人間の運命も是と同様である。さて是から君と長く別れねばならぬのだが、今別れに臨んでも実に別れ難い。此に立って、須臾の歓を尽そうではないか。嗚呼!もし自分がハヤブサの様な飛鳥に化して遠く君を漢に送ることが出来るなら、ぜひそうしたいものだ。 2010/01/15 石 九鼎 記 |