曹子建七哀詩、五言二首之一 「文選 巻二十三」
 魏の曹操「武帝」の第三子で、曹植、字を子建という。曹丕(文帝)の弟である。東阿王・陳王などに封ぜられ、死して思王と諡された。父の寵愛がわざわいして、兄との間に感情のもつれを生じ、遂に側近者同士の権力争いに発展し、その忍従の生活はその作に沈鬱の風を帯びせしめた。然し曹植の詩文の才能は父・兄に勝るとされている。まさに建安文学を代表する作手とされる。

名月照高楼、流光正徘徊。    名月 高楼を照す、流光 正に徘徊す
上有愁思婦、悲歎有余哀。    上に 愁思の婦あり、悲歎して 余哀あり
借問歎者誰 言是宕子妻。    借問す 歎ずる者は誰ぞ 言う是れ 宕子の妻なり
君行踰十年 孤妾常独棲。    君 行きて 十年を踰えたり 孤妾 常に独り棲む
君若清路塵 妾若濁水泥。    君は 清路の塵の若く 妾は 濁水の泥の若し
浮沈各異勢 会合何時諧。    浮沈 各々 勢いを異にす 会合 何れの時か諧はん
願為西南風 長逝入君懐。    願はくは 西南の風と為り、長逝して 君が懐に入らんことを
君懐良不開 賎妾當何依。    君が懐 良く開かずんば、賎妾 當に何れにか依るべき


(詩語)
借問=(シャクモン)す。=試みに問う。ちょっとお尋ねしますが。「詩にはよく常用する詩語」。
宕子妻 =(李善本作客字)旅人の妻。他郷をさすらう浮気者の意と、なる。
常独棲=(李善本作棲字良曰踰過也君謂夫也)
異勢=(勢)=ことの、なりゆき。事の結果を伴う語と解す。
浮沈=(前の句を受けて清路塵〜濁水泥。塵も泥も本来は同一。、即ち、夫婦は一体なのに、不幸にして、浮沈互いに異なる結果になった意と解したい。、)。
諧=(ギャク)=かなわぬ。望みのとげられる。「何時の日か〜」
西南風=西南の方向は坤位。坤は妻の道。(李周翰の注。) 当時、作者は雍丘にあり、都の西南に当たる。との説もある。(李善曰く古詩に、風に従い君の懐うことに入らんと言う)。

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名月は高殿を照らし、流れるような照る光は徘徊するかのようである。高殿には愁いを思う婦人が、悲しみ、嘆き、常に哀れをかこうている、ようである。その嘆きの主を誰かと尋ねれば、それは旅に出ている人の妻ですと答える。
その妻の言うには、あなたが旅に出てから既に十年余りになります。

その間、私は何時も独り住まい。貴方は清らかな路の上の塵のようで、風のまま何処えでも飛んで行かれる。
それに引き換え、私はにごりえの底の泥のようで、一つところで沈みっきりです。
浮くこと沈むこと、お互いのなりゆきは全く違ってしまいました。
お目にかかることは、何時また出来ますこたか、せめても西南から吹く風となって、遠く東北へ吹いてゆき、あなたの懐に入りたい。
あなたの懐が、もしも、開いて下さらなかったら、其の時、私はどこに頼ったらよいのでしょうか。

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この一篇の詩は、玉台新詠では「雑詩」と題し、楽府詩集では「怨詩行」と題している。「七哀」の意義については古来呂尚の『文選』注によって、「痛みて哀しみ、義にして哀しみ、感じて哀しみ、怨みて哀しみ、耳目見聞して哀しみ
口歎じて哀しみ、鼻酸して哀しむ。之を七哀という」。説をあげている。
この詩の作意は、乱に際して、独居の婦人に代わって、空閨における別離の哀情を述べたものである、.しかし、此の詩について、古来から寓意有り、として詠まれている。
作者が兄の文帝と和せず、故に孤妾をもって自らに比し、文帝を以って夫にたとえ、浮沈、互いに勢いを異なること
を述べて、文帝の悔悟を望んだと言はれているが、必ずしも寓意にすぎない。と言う説が多い。





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