中国歴史紀行   (63)          石九鼎の漢詩館

   西安  清真寺

別称を化覚寺、俗称を東大寺と言う。「鼓楼」をくぐり抜けて、すぐ左に小さな狭い路地を入ると化覚巷がある。清真大寺まで徒歩で5,6分。路地の両側は回民族の土産物屋がビッシリと並ぶ。土産物屋と言っても工芸品から骨董品に近いものが多い。

清真大寺は西安に棲む回族(イスラム教徒)の礼拝寺である。入場料15元と割に高い。東西に延びる中軸線にあわせて5つの院落が並ぶ。講経堂・大殿など14の堂宇がある。中心となるのは、前後の大殿と省心楼・鳳凰亭・朝陽殿。五鳳朝陽殿と総称している。

清真大寺の創建は唐の玄宗李隆基天寶元年(742)と言う。宋・元・明・清と各代に重要建築が拡大補修されてきた。敷地(占地)面積1万3千多u。建築面積6000u。長方形四つの院落に分かれている。

現在の建物は明代のものと言う。幅50m・奥行き250m。西から東に向いて建てられている。  大殿には1000人が入って礼拝することが出きる、堂々とした建造物であった。当然ながら男性信徒のみ礼拝が可能。女性信徒の礼拝堂はこの場所から別の位置にある。

第1院内は木質大牌坊が聳え立つ対面に磚雕大照壁。まさに壮観。17世紀の初めに建築された。その南北両側に各々廂房三間があり,現在は明・清の古家具などが陳列されている。五間楼を過ぎると2つの院落に入る。中央に石牌坊が堅立し三間四柱式。

石牌坊の後,南北両側に竪立冲天,彫龍碑がある,明万歴34年 ¨敕賜重修清修寺¨碑に宋代の書家,ベイフツ(mifei)の画く『道法参天地』5个の大字がある。

第3院落を通過し敕修殿に入る,この寺院は歴史上,最も早い殿宇。殿内に曾つてこの寺院長“小西寧”の撰写したアラビア語の“月碑”があり,その内容はイスラム教に因る斎月計算方法。この碑は陝西イスラム教の発展史で極めて貴重な価値のあるものである。

院落中央に直立しているのが,三層八擔八角の “省心楼”巍然挺立する姿は正に壮観であり,教徒礼拝する至高に達する建物。南側に宮殿,北側に講経堂。講経堂内には明代の手抄本。『古蘭経』。貴重な蔵書が収納されている。


               

梁・桁・軒・柱・など細部の部材は明代の様式で、藻井と神龕の両側にイルラム教独特の花草文の装飾を施していた。明代建立の石牌坊が1つ、明代以来の各種の石碑が多数見られる。

西安に住む少数民族で最も多いのは回族で88,5%を占めると言われる。この界隈は特に回族が多い。西大街をさらに西に向うと「城隍廟」を通り3本目の路地が「大麦市街」。回族の人たちの飲食街である。彼等は「ブタ肉」は」ご法度である。食しない。


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