陪鄭広文遊何将軍山林十首 録一
  天寶十一又は,二載。杜甫四十歳前後の作品。連作十首を抜粋。
不識南塘路。      識らず南塘の路
今知第五橋。      今は知る第五橋
名園依緑水。      名園は緑水に依り
野竹上青霄。      野竹 青霄に上る
谷口旧相得。      谷口 旧より相得
濠梁同見招。      濠梁に同じく招かる
平生爲幽興。      平生 幽興の爲
未惜馬蹄遙。      未だ惜まず馬蹄の遙かなるを

詩語解
[鄭広文] 鄭虔のこと。[鄭広文]は天寶九載に広文館の博士となる。詩・書・画・三絶と言われた有名人。杜甫とは非常に親密な間柄であり,七言古詩の「酔時歌」にも「諸公袞袞登臺省。廣文先生官獨冷。」と詠っている。
[何将軍] 何将軍の人物の詳細は解せず。武人であり,文学趣味に富み,山林隠逸の楽を解する風雅人の将軍であったことは想像される。
[山林] 園林のこと。園中に山が有り、此のように山林と言う
[南塘] 地名。韋曲の付近。『祖逖曰く:』 「昨夜復南塘一遊。」
[第五橋] 橋名。第五は人の姓,姓が橋名である故,言う。韋曲の西に有り。
[名園] 何将軍の庭園を言う。世説に『王子敬。自会稽経呉顧辟彊有名園。先不死期主人。径徃其家。』 王子敬。会稽より呉の顧辟彊の径,名園有り。先んず主人を識らず。径ちに其家徃く。
[青霄] 青い空。『梁王訓詩。』 「石橋通小澗。竹路上青霄。」石橋小澗に通ず。竹路青霄に上る。
[谷口] 漢の鄭子真と言う人が長安の南子午谷に隠れて耕作していた,其の名が長安にまでに著はれk,且つ又王鳳と言う人と古馴染みと言う故事。此処では同姓の古人を借りて鄭廣文に比している。
『揚子法言』。谷口鄭虔真に干厳の下に耕す。名を京師と著す。
『王貢伝序』。谷口鄭子真有り身を修め自ら保つ。王鳳礼を以て之を聘す子真屈せず。
[旧相得] 古くから心を許した,親しい交際の意。
濠梁 濠は水の名。梁は石橋。何将軍の庭園を指す。
『荘子』秋水扁に荘子と恵子とが共に濠梁の上に遊んで,魚楽の問答のしたことが書いてある。此の故事を引用して,此の園に自分と鄭廣文と共に遊んだ事に比した。そして何氏の園は水を以て勝れているから,此の濠梁の遊の比喩が極めて適切であると言える。
[幽興] 幽清の興趣
『馬蹄遙』 遠く馬に。『徒くこと遠く馬に騎って「行くこと。『徒』恐らく曰う

詩意
是まで何路などは知らなかったのであるが,今は遊びに来て,第五橋の辺までも詳しく知るようになった。来て見ると,何将軍の名園は藍のような水を堤みに沿うて,野生の竹林が空をも凌ぐばかりに,青青と聳えている。
昔,荘子・恵子が濠梁の上に遊んだ事にも比すべきである。そして自分は平生幽静の興趣を愛するので,例え路が遠くても,此の趣味の爲ならば馬の足を運ぶことを,今まで決して惜しんだことはない。

鹵莽解字
鄭虔
鄭虔榮楊人。天寶初爲協律郎坐事謫官。明皇愛其才特置廣文館爲博士。遷著作郎。以陥安禄山貶台州司戸参軍最善杜甫。又與秘書監鄭審篇翰斉價。虔工画山水。好書常苦無紙乃於慈恩寺貯柿葉数屋。日往取葉肆書。歳久殆尽。嘗自写其詩幷画以献帝。親署其尾曰鄭虔三絶。今存詩一首。 「閨情」銀錀開香閣。金台照夜燈。長征君自慣。獨臥妾何曾。

鄭虔は榮楊の人なり。天寶の初 協律郎と爲る事に坐して謫官せらる。明皇其の才を愛し特に廣文館を置き博士と爲す。著作郎に遷る。安禄山を陥るを以て台州司戸参軍に貶せらる杜甫と最も善し。又秘書監鄭審與篇翰價を斉うす。虔山水を画くに工なり。書を好み常に紙無きに苦しむ。乃慈恩寺於柿葉の数屋を貯す。日に往き葉を貯り書を肆う。歳久して殆んど尽く。嘗て自ら其の詩幷に画を写し以て帝に献ず
。親ら其の尾に署す鄭虔三絶と曰う。今詩一首を存す。

       「閨情」銀錀香閣を開き。金台夜を照す燈。長征君自ら慣る。獨臥妾何ぞ曾てせん。

杜甫は天寶五載から長安に来て,長く都に流寓し志を得なかった。十載には丁度,朝廷に三つの大礼が行われることになり,其の厳粛の儀式が挙げられるので,杜甫は之を賦に作り,三大礼賦 (朝献太清宮賦。朝亨太廟賦。有事于南郊賦。)と言う大文章を朝廷に進献した。玄宗皇帝は人材の抜擢に意を用いる天子であった,が,
杜甫の此の礼賦を観て,褒祠を賜るのみで特に杜甫を取りたてて,重用するに到る程で無かった。杜甫は大いに失望してその不平に沈んでいる際に,此の詩が出来た。所以,自然に彼の境遇は隠微に此の聯作の詩中に風刺されている。此のような風刺のある詩句を味合うと,また一種の面白みを感じる。が,此の一首だけでは聯作の詩は,分割採録しては興趣が損なわれる。明の李于鱗も唐詩選を選んで往々此の弊害を就いている。
殊に杜甫の聯作の詩は分割すると,聯絡の糸を絶つような事になると。此れは先賢達の指摘する所以である。


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