官定後戯贈    
 (原註)時免河西尉爲右衛律府兵曹

不作河西尉。    河西の尉と作らざるは
凄凉爲折腰。    凄凉 腰を折るが爲めなり
老夫怕趨走。    老夫 趨走を怕る
卒府且逍遙。    卒府 且つ逍遙す
耽酒須微禄。    酒に耽るには 微禄を須つ
狂歌託聖朝。    狂歌 聖朝に託す
故山帰興盡。    故山 帰興盡く
回首向風飈。    首を回らして 風飈に向かう

[詩語解]
[官定] 任官が一定すること。
[t戯贈] 戯れて,自己に贈ること。後人が自から贈ると題するのは,此れに本ずいたものである。
[右衛律府兵曹] 太子右衛律府兵曹参軍事の官をいう。従八品下という極めて微官である。
[折腰] 陶淵明が五斗米の爲に腰を折って,長官に使はれるのを愧じた故事による。『晋書』「陶潜爲彭澤令。郡遣督郵至。吏曰。応束帶見之。潜嘆曰。吾不能爲五斗米折腰。即解印去。
[老夫] 杜甫自らをいう。
[怕趨走] 趨走杜は,事務の爲に奔走することを言う。尉官となると煩類があり,それを怕れる。
[且 暫時という意味がある。
[逍遙] 心のままにブラブラしていryことを指す。
[微禄] 僅かな給料が必要であることをいう。
[狂歌] 気違い,じみたような,歌を唄うことで,即ち詩歌などを指す。
[託聖朝] 聖明の朝廷に自分の身を預ける。
[帰興盡] 故郷へ帰りたい気持ちもなくなったと言うこと。
[向風飈] 飈は暴風であるが、此処では暴風と言うことでなく、普通、風飈の二字で風の義に取るべきである。

詩意
私が河西尉に任官しないのは、上官に腰を折って、仕えなければならない苦痛が有るからだ。此の老人は尉官になって、アレコレ俗務に奔走することはイヤだから、まあ此の北の右衛卒府の卑官に置いて頂き、ぶらりとしていよう。酒を飲む為にには、少しばかりの俸禄に有り付く必要がある。有り難い事には、詩歌をひねくって、聖明の朝廷に此の身をお預けして置くことが出来る。
故郷に帰りたい、帰りたい、と思うていたが、チョッと興致も無くなった様な気分になった。そこで、故郷の方向にふりむいて、風に向かって見る位のものだ。

[鹵莽解字]
此の詩は杜甫が天宝十四載の作で、年四十四の時で、河西の長官の人柄・人格を好まない為に河西尉の職を辞して、改めて太子右衛卒府の兵曹参軍事となった。之が杜甫の仕官の初めで、役人の生活は、杜甫に取っては非常に窮屈の感じがあったものと見える。

只だ、当時この折腰のやむを得ぬ挙に出た事情は、天宝十三載は年がら不作で、此れが為に長安の物価が非常に暴騰して、貴人も多くは食に乏しいという惨状で、杜甫も長安に長く逗留して、自活の道に苦しみ、終に意を決して家族を引き連れ去った。此の時、既に家族は十口(十人)もある大家族で、奉先県の県令、楊氏を頼ることになった。(口は中国では人数の数量詞)。

そして家族は叔父の崔氏の方へ託した。此の年は安禄山が叛き、顔真卿が兵を起こし、賊を討つという唐の騒乱が始まる時代であった。杜甫はこのような窮迫のために尉官となったのであるが、、猶、腰を折ることを潔しとしないから之を辞し、暫く微禄を得て酒に耽る為に兵曹に為ったと負け惜しみを言っている。

起聯に自分の立場を率直大胆に白状している。「不作河西尉。凄凉爲折腰。」と言う句は如何に傲岸な態度を杜甫が示しているかが理解る。彼の祖父・杜審言は武后の時、膳部員外郎となり李嶠・蘇味道・崔融と共に文章の四友と呼ばれ沈佺期・宋之問と同じく律詩の完成には大功のあった人である。

併し,気質は極めて剛直で,人と合せず,終に事に坐して,吉州司戸参軍に貶せられた。杜甫の詩学の由来する所も知るべきであるが,その傲岸の気性も,祖父審言から伝わったものであることが推察出来る。杜甫が酒に耽ることが出来るのは,卒府の様な閑職であるからで,他人から見れば気違いじみた詩歌等を作っている事が出来るのは幸いに忌諱するものがいないからである。

「狂歌託聖朝」などと,如何にも気楽な事を歌っている,のを見ても此の詩の製作当時は,まだ安禄山の叛乱が起こる以前のものと見える。併し,最後に至って故郷を思はなくなった。帰りたく無い様な気がする。之は本心から官を慕っているのでは無い。実に一官潦到で,帰る時節も計る事が出来ないから,只だ風に臨んで,歎息するのみであると,言外に於いて此の不平鬱勃の意味を暗に述べているのである。

此の詩は戯れに贈ると言って自から嘲つているようであるが,その心事は実に凄凉のものである。杜甫は窮苦の時に於いて常に放胆に胸懐を叙して,少しも憚らない。時には奇矯の言さえも放つことがある。沈徳潜の杜詩偶評にも此の作は採録されていない。



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