新婚別     
乾元元年冬末華州を離れて洛陽に到る二年に洛陽より華州に帰る時,途上にて此の詩を作製する。

兎絲附蓬麻。引蔓故不長。   兎絲蓬麻に附す,蔓を引く故より長からず
嫁女與征夫。不如棄路傍。   女を嫁して征夫に與えるは。路傍に棄つるに如かず
結髪為君妻。席不煖君牀。   髪を結びて君が妻と為る,席 君が牀を煖めず
暮婚晨告別。無乃太怱忙。   暮に婚して晨に別れを告ぐ,乃ち太だ怱忙なる無し
君行雖不遠。守辺赴河陽。   君が行遠からずと雖も,。辺を守り河陽に赴く
妾身未分明。何似拝姑[女 章] 妾が身未だ分明ならず,何を似て姑[女 章]を拝す
父母養我時。日夜令我蔵。   父母我を養う時,日夜我をして蔵せしむ
生女有所帰。鶏狗亦得将。   女を生み帰がせる所有れば,鶏狗も亦将ることを得
君今往死地。沈痛迫中腸。   君今死地に往く,沈痛中腸に迫る
誓欲随君去。形勢反蒼黄。   誓って君に随い去らんと欲す,形勢反って蒼黄たり
勿為新婚念。努力事戎行。   新婚の念を為すこと勿れ,努力して戎行を事とせよ
婦人在軍中。兵気恐不揚。   婦人軍中に在らば,兵気恐らくは揚がらざむ
自嗟貧家女。久致羅襦裳。   自ら嗟す貧家の女,久しく羅襦裳を致す
羅襦不復施。対君洗紅粧。   羅襦復た施さず,君に対して紅粧を洗う
仰視百鳥飛。大小必双翔。   仰いで百鳥の飛ぶを視る,大小必ず双び翔る
人事多錯[之 午]。與君永相望。 人事錯[之 午]多し,君と永く相い望まん



訳文
兎絲が「蓬,ヨモギ」や「麻,アサ」の茎にくっついて生えていても,蔓を引っぱっても長く伸びるものでだはない。女も普通の人に嫁げば,行く末ものびるだろうが。然し,征伐に行く男に嫁にやったのでは末が伸びない。

征伐に行く男に嫁にらる位なら,道端へ捨てたほうが良いくらいだ。わたしは髪を結ぶ年頃にあなたの妻となりましたが,嫁に来たばかりで,あなたの寝台に敷いてある席がまだ煖まらない程,日数が足りません。夕暮に婚礼して晨には早くも別れを告げるとは,太だ怱忙ではございませんか。

あなたのお出かけは遠からずと雖も,片田舎の地方を守るために河陽に赴くそうですが,私は嫁とはいえ,嫁の身分がまだはっきり決まっていません。どうして嫁だと言って,舅,姑さまに拝礼が出来ましょうか。

私の両親が私を養うてくだされた時,日夜私を大切に幸福であれと,お育てくだされた。娘を産んで,嫁入りさせる時は,家つきの鶏や狗さえも亦送ってゆけるのに,嫁に来た私は夫の旅たちにはお送りすることができません。

あなたは,ともすれば死地に往くとのこと,それを思えば沈痛中腸に迫る様でございます。心に誓ってあなたに随い着いて行こうと考えますが,それでは余にも慌てた様子にも見えましょう。

お出かけのうえは新婚の念を為すことなく,せいぜい務めて戦仲間のお仕事をなさって下さい。軍隊の中に女が居るとあっては,軍隊の兵気が恐らくは揚がらないでしょう。

私は貧しい家の娘でございますのに,嫁の来たてとは言え,久しく薄絹の袖なし上着や,した絹を身に付けていました。今後はその薄絹の上着などは二度と施しません。あなたのご覧の前で紅粧もすっかり洗い落としてしまいましょう。

空を仰いでさまざな鳥の飛ぶを看てみると,大きな鳥も小さな鳥も必ず雌と雄とが双び翔ています。それに,どうした事か,人間の事がらは,侭にならぬ縺れの多いものでございます。お別れするのは是非もございません。この上はただお互い心を変えず,お会いするときまで,あなたを永く相い望んでいます。


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