垂老別 或る老人が老衰の身となり征戍として河陽方面に赴くに際して,妻に宛てた別れの詩。乾元二年の春,洛陽から華州にかえる途中の作詩とされている。 四郊未寧静。垂老不得安。 四郊未だ寧静ならず,老いて垂んとして安らかなるを得ず 子孫陣亡尽。焉用身獨完。 子孫陣亡し尽し,焉ぞ身の獨り完ることを用いん 投杖出門去。同行為辛酸。 杖を投じて門を出て去る,同行し為に辛酸する 幸有牙歯存。所悲骨髄乾。 幸に牙歯の存する有り,悲しむ所 骨髄乾く 男児既介冑。長揖別上官。 男児既に介冑し,長揖して上官と別れる 老妻臥路啼。歳暮衣裳単。 老妻路に臥して啼く,歳し暮れて衣裳は単 孰知是死別。且復傷其寒。 孰んぞ是れ死別なるを知るべし,且つ復た其の寒に傷む 此去必不帰。還聞勧加餐。 此を去り必らず不帰らざる,還た聞く加餐を勧めるを 土門壁甚堅。杏園度亦難。 土門壁甚だ堅し,杏園度ろこと亦た難く 勢異[業 卩]城下。縦死時猶寛。 勢は[業 卩]城下と異なる,縦い死しても時猶を寛し 人生有離合。豈択衰盛端。 人生離合あり。豈に衰盛の端を択せんや 憶昔少壮日。遅廻竟長嘆。 憶う昔,少壮の日,遅廻し竟に長嘆するを 萬国尽征戍。烽火被岡巒。 萬国尽く征戍,烽火岡巒に被る 積屍草木腥。流血川原丹。 積屍草木腥く,流血川原丹く 何郷為楽土。安敢尚盤桓。 何れの郷楽土と為し,安んぞ敢て尚を盤桓す 棄絶蓬室居。搨然摧肺肝。 棄絶す蓬室の居,搨然肺肝を摧く 訳文 四方が未だ平和で寧静ではない,我が身は老いて安らかに落ち着いて居ることが出来ない。子も孫もみな戦死尽した今,この身の獨り完全であることはない。そこで,杖を投げ捨てて我が門から出かけて行く,同行する仲間は自分の為に同情いてくれる。自分には幸に牙や歯は残っている,悲しいことには骨髄に湿りけがなくなった。 自分には男児として喜びの介冑を身に着ける頑丈さはない,そこで長揖して上官と別れることにした。自分の老いた妻は路に臥して啼いている,既に歳しの暮れであるのに,見れば単の薄い衣裳を着ている,この度の別れは死別なるを知る,にもかかわらず自分は却って妻の其の寒さに心が傷む。 自分は今,此を去れば帰らないのは決まっている。にも関わらず妻は自分に対して多く食事をして養生せよと言うてくれる。土門の城壁は甚だ堅古であるし,杏園の渡りも賊が渡って来るには困難である。今,自分が出かけて行く河南の官軍の状態は[業 卩]城下で負けた時とは異なる,縦い戦死しするにしても今すぐと言う訳ではなく,ゆとりが有るであろう。 人生には遇うと別れの離合に決まりないものだ,然し自分が若くて元気であった昔の少壮の日のことを思うと,立ち去り難く竟に長嘆するばかりである。いま天下中みな征戍や衛戍ばかりである。,烽火が岡や山に被っている,屍は積まれ草木は腥く,血は流れて川や野原は真っ赤に染まっている。 何れの地方が安楽世界なのか,そんな所はありはしない。どうして尚を盤桓していられよう,自分は断然として住み慣れた蓬の居を棄て去るのである。その為ぐったりして,辛さに肺や肝まで摧けるのである。 Copyright(C)1999-2011 by Kansikan AllRightsReserved http://www.ccv.ne.jp/home/tohou/sanbetu19.htm 石九鼎の漢詩舘 |