月 夜 天宝十五年八月、杜甫は鄜州から肅宗の行在に赴く途中、賊軍の中に陥る、自分は長安にあり、家族は鄜州。家族を思って此の詩を作る。 今夜鄜州月。 今夜 鄜州の月 閨中只独看。 閨中 只だ独り看ん 遙憐小児女。 遙に憐む小児女 香霧雲鬟湿。 香霧 雲鬟湿い 清輝玉臂寒。 清輝 玉臂寒し 何時倚虚幌。 何の時か 虚幌に倚り 雙照涙痕乾。 雙び照らされて涙痕乾かむ [詩語] [鄜州] 地名,当時杜甫の妻子か此処に居していた。 [雲鬟] 婦人のまげのこと,雲鬟の「雲」は形容詞 [玉臂] 婦人のひじのこと,玉臂の「玉」は形容詞, [虚幌] 幌は帷(とばり)のこと。則ち窓掛,他人と共に坐すこと無し故に「虛」と言う。 [雙照] 月が二人を照らすことを言う。 [詩意] 今夜の月を眺めれば眺める程,実に冴えきった良い月だ。吾が妻は鄜州にいて,独り淋しく此の月を閏中で眺めて,さぞ私を案じて物思いに沈んでいるであろう。更に気になるのは,子供たちは未だ幼児で此の親父が居る長安の方を想うことはなど知らない,、自分は一人、いたいけなく思うが。妻の室には香霧こもって雲の鬘も潤う、月の清き光りを受けて玉のかいなも冷たく感じているだろう。何時になったら他に人の居ない窓かけに傍に寄り添うて、二人揃うて月光に照らされて照らされて涙のあと無しに眺めることができようか。 [鹵莽解字] 此の詩は杜甫が天宝十五載の八月,鄜州より粛宗の行在所に赴く途中に賊に捕らわれ長安の賊中に,妻子を寄せてある鄜州の有様を思い作詩したもの。杜甫の妻は司農少卿楊怡の娘で貞淑な女性であったという。杜甫が流離落魄している間も,家庭は常に平和であった。此の詩で夫婦愛の情の細やかさが想像される。 此の詩の作法は誠に珍しい作り方で,後世では五律の作法の一つに数えられている。杜甫の身は長安にあり家は鄜州にあって,月夜に家人も己れを想うを思う。則ち倒まに向こうの方から言葉を立てて自分の方面の場所を明らかにしている。 題面から已に考えが一層すすんでいる。今度は児女の己をを思うことを解せないことを想っている。之で二層である。差に家人が月を見て夜更けになり鬟も湿れ臂も寒くなったのを想うている。之で三層。最後に他日家に帰り首を集めて月に対して淚痕の乾くを想う,之で四層。各層を逐うて対面から写す筆法。 『対面生情法』 と称していた。(現在は此の様な面倒くさい筆法は皆無。) |