赤 谷

乾元二年。古詩。秦州より同谷に到る途中の十二紀行詩の一。

天寒霜雪繁。     天寒くして霜雪 繁し

遊子有所之。     遊子 く所あり

豈但歳月暮。     豈に但だ 歳月の暮れるのみならん

重来未有期。     重ねて来たらんこと未だ期あらず

晨発赤谷亭。     晨に発す赤谷の亭

険艱方自玆。     険艱(けんかん) 玆自(ここよ)りす

乱石無改轍。     乱石 改轍(かいてつ) 無く

我車已載脂。     我が車 已に(すなは)(あぶら)さす

山深苦多風。     山深くして 多風に苦しみ

落日童稚飢。     落日 童稚(どうち) える

悄然村墟迥。     悄然(しょうぜん)たり村墟の(はるか)なるに

煙火何由追。     煙火 何に由りて追はん

貧病轉零落。     貧病 轉た零落す

故郷不可思。     故郷 思う可からず

常恐死道路。     常に恐る 道路に死して

永爲髙人嗤。     永く髙人に嗤はれるを爲さむことを

○未有期、 (一作亦未期)。「一に亦 未だ期あらずと作る。」
○艱、 (一作難)。「一に難と作る。」
○零落、 (一作飄零)。 「一に飄零と作る。」 []
[赤谷亭] 赤谷の宿駅。
『荘子・譲王』 [天寒既至、霜雪既降。]
『李陵・詩』 [遊子暮何之。]
『古詩』 [歳月忽已晩。]
『蘇武・詩』 [相見未有期。]
『任昉・詩』 [湍険方自茲。]
『曹植・詩』 [中塗絶無軌、改轍登高岡。]
『詩経・邶風・泉水』 [載脂載牽、還車言邁。]
『王粲・詩』 [四望無煙火]
『論語・子罕』 [予死於道路乎。]
『陶淵明・詩』 [永爲世笑嗤。]


詩語解
[遊子] 旅人。自己を指す。
[豈但二句] そのようであるから寂しい。の意を含めている。
[歳月暮] 十月末の頃になれば、「年暮れ係る」と言う。
[重来] 二度此へ来る。
[玆] 此の地を言う。
[童稚] 子供たち。
[煙火] 村人の焚く炊煙。
[死道路] 「論語」の語。道端に野垂れ死、する。
[爲髙人嗤・(爲髙人所嗤の意)] 髙人は徳の高い人。

詩意
天寒く霜雪が繁く置く、この時、旅人である私は一地を指して行く。歳の暮れかかると言う爲ばかりではない。此処には二度来る事もないだろう。(と思うと悲しい)。日の出の頃から出発する、道路の難儀は此処から始まる。石の乱れ立つ路であるが、その悪い路を車を走らせる。自分の車には度々、油をさす。山は深く風が多く吹く、日も落ちかかって、子供達はひもじがる。村里を眺めると遙か彼方にある、心細く思う。自分は病気と貧乏に因って、益々落ちぶれた。今は故郷のことは思うことさえかなわぬ。何時も、自分は途中で野垂れ死にして、高徳ある人の物笑いになりはせぬかと、気ずかう。



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