夜宴左氏荘

夜左氏の別荘で宴が行こなわれた事を述べる,此の詩の製作時は明かならず,ただ詩中に「聞呉詠「の語から開元二十三年以後とされている。

風林繊月落。     風林 繊月 落ち 
衣露浄琴張。     衣露に 浄琴張る
暗水流花径。     暗水 花径に流れ
春星帶艸堂。     春星 艸堂を帶ぶ
検書焼燭短。     書を検して 燭の短きを焼き
看�剣引盃長。     剣を看て 盃を引くこと長し
詩罷聞呉詠。     詩罷みて 呉詠を聞く
扁舟意不忘。     扁舟 意 忘れず

詩語解
[繊月] みか月,新月のこと。
[衣露] 衣が露に濡れること,衣上の露と解すればよい。
[浄琴] 綺麗な塵のない琴。
[暗水] 音のみが聞こえる暗がりの水。月が映らぬ故,水が暗い。
[花径] 花さけるこみち。
[帶]  とりかこむこと。
[艸堂] 草堂。[大正・昭和の詩人・書家の,仁賀保香城の詩集の表題は此処から採る。]
[焼燭短] 「短」の字は「燭」へかかる。
[詩罷] 詩を作りやめての意味。詩人は席席で詩を作る。
[呉詠] 呉は今の江蘇省。水郷である,呉詠は棹歌。
[扁舟] 小さい平たい舟。之は作者が開元十九年。二十歳の時,呉越に遊んだことを思い出した意。


詩意
夕風がそよ吹く向こうの林には繊月が落ちて,着ている衣も露に濡れ初めた。私が招かれた左氏の艸堂には一張の琴が置いて酒宴の仕度がしてある。薄暗い花径を流れて行く細い水の響が微かに伝はり,遠くの空に輝きだした星の光が縁側まで映ってくる。そこで,彼方此方の書棚の古書を取り出し,手燭の尽きるまで検べてみたり,壁に掛けてある名剣を引き抜いて見て,盃を手にして,ゆっくり酒を飲んだ。詩も出来た,互いに話し合っていると,何処からか船頭の棹歌の声が微かに聞こえて来た。之を聞いた私は,昔し小舟に乗って呉の水郷で遊んだ少年時代の事を,懐い出さずにはいられない。

月落ち露濃やかに。静琴始めて張る。夜に入って方に飲する也。水暗く星低るる。夜宴之景。書を検し剣を看る。夜宴之事。公弱冠にして曾て呉越に遊び。故に呉詠を聞て。而して其の處を追思す。

鹵莽解事
杜甫は雄渾の詩,沈鬱の詩が特徴とされている。此の詩は全く別調で優美で雅麗。前聯は月無き時の景色を巧みに描写して,草堂の薄暗い景色が眼前に浮かび出るような気分がする。
前の句は「耳の働き」から後の句は「眼の働き」から出来ている。上句の妙は「暗」の字,下句の妙は「帶」の字に着目したい。「暗」の字から水の声が自然に耳に入り,「帶」の字から空に閃く星の光が草堂に映る。前聯の十字は「暗」「帶」の二字で現されている。
夜景で月のある景は写し易いが,月の無い景は画き難いと言われる。詩の神韻の妙趣,此処にあり。俳人蕪村は自から春星艸堂と堂名をつけた。先賢詩人は此の結法を「遠神宕出の法」と言う。
五律の作法の一つ,前半二十字は「繊月落」で全部包まれてある。殊に結末の二句「虚描写法」を用いて締めくくる。参考までに,清の仇兆鰲は以下のように述べている。



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