遺 懷   懷を遺る 
乾元二年秋の暮れ。秦州にての作。

愁眼看霜露。    愁眼 霜露を看る
寒城菊自花。    寒城 菊 自ら花く
天風随断柳。    天風 断柳に随い
客涙堕清笳。    客涙 清笳に堕つ
水静楼陰直。    水静かにして楼陰直く
山昏塞日斜。    山昏くして塞日斜めなり
夜来帰鳥盡。    夜来 帰鳥盡き
啼殺後棲鴉。    啼殺す 後棲の鴉

詩語解
[天風随断柳] 断柳が天風に随うと言うべきとこらを,顚倒して言う形。
[断柳] ちぎれた柳。
[清笳] 音の澄んだ胡笳の声。
[楼陰] 城楼の影。
[塞日] 晋州の城塞を照らす日。
[啼殺] 殺は意味を強める助詞。
[後棲鴉] 外の鳥はそれぞれねぐらに帰ったのに,ひとりねぐらに遅れた鴉。
此の地に留まり帰るべき家もない自分の身を比している。

詩意
愁いを帯びた眼で見れば,はやくも霜露が降りて,寒ざむとした此の城塞に,菊の花がいくつか咲いている。空吹く風はちぎれた柳の葉が舞い逐う。旅人は,澄んだ胡笳の音を聞いていると落涙する。水は静かに動かず,城楼影を真っ直ぐに映し,山は暮れかかり,辺塞の日が斜めに沈もうとしている。やがて夜になる,鳥はみな林に帰り盡くしたのに,ねぐらに遅れた鴉だけが声も悲しく啼いている。
  



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