兵車行
 兵車の声を聞いて感じて作った詩。天宝九年の作とされている。

車轔轔。馬蕭蕭。           車轔轔たり 馬蕭蕭たり
行人弓箭各在腰。          行人弓箭 各々腰に在り
耶嬢妻子走相送。          耶嬢妻子 走しって相い送る
塵埃不見咸陽橋。          塵埃には見えず 咸陽の橋
牽衣頓足攔道哭。          衣を牽き足を頓し 道を攔えぎりて哭す
哭声直上干雲霄。』         哭声 直ちに上りて 雲霄を干す
道旁過者問行人。          道旁の過ぐる者 行人に問う
行人但云点行頻。          行人 但だ云う 点行頻りなり
或従十五北防河。          或は十五より 北 河を防ぐ 
便至四十西営田。          便ち 四十に至りて 西 田を営む
去時里正與裹頭。          去る時 里正 與に頭を裹む
帰来頭白還戍辺。』         帰来頭白 還た戍辺を戍る
辺庭流血成海水。          辺庭血を流して 海水を成す
武皇開辺意未已。          武皇 辺を開く 意未だ已まず
君不聞漢家山東二百州。     君聞かずや 漢家山東の二百州
千邨萬落生荊杞。          千邨萬落 荊杞を生じ
縦有健婦把鋤犁。          縦え健婦の 鋤犁を把る有るも
禾生隴畝無西東。          禾は隴畝に生じて 西東に無からん
況復秦兵耐苦戦。          況んや復た秦兵 苦戦に耐え
被驅不異犬與鶏。』         驅られること 犬と鶏とに異ならず
長者雖有問。             長者 問うこと有りと雖も
役夫敢伸恨。             役夫 敢て恨を伸べず
且如今年冬。             且つ今年の冬の如き
未休関西卒。             未だ関西の卒を休せず
県官急索租。             県官 急に租を索める
租税従何出。             租税 何れより出さむ
信知生男悪。             信に知る 男を生むは悪なりと
反是生女好。             反って是れ女を生むは好きことを
生女猶得嫁比鄰。          女を生めば猶を比鄰に嫁せるを得ん
生男埋没随百草。』         男を生めば埋没して 百草に随う
君不見青海頭。           君 見ずや 青海の頭
古来白骨無人収。          古来 白骨 人の収むる無し
新鬼煩冤旧鬼哭』。         新鬼は煩冤し旧鬼は哭す
天陰雨湿声啾啾。』         天は陰り雨が湿るとき 声啾啾たり

[兵車]いくさ車、此の詩、兵車の音を聞いて作る。故に兵車行と題す。詩中の[且如今年冬。未休関西卒]の二句が此篇の製作年代を決定する。
轔轔]車のガラガラなる音。
]爺と同じ。父。
]母。
頓足]足でトントンと地を踏む。じだんだをふむ。慟哭の時するさま。
攔道]道路を遮る。行く手の邪真になる。
里正]村長。

【訳文】
車の音がガラガラと、馬は淑やかに、出掛ける人〃は瞑々が其れぞれ腰に弓箭を携えている。父、母、妻、子供が、其の後から、小走りに送って行く。塵埃が真っ黒に立ち上がり咸陽の橋さえも見えない。見送る者は出発者の衣を引っ張り、じだんだをを踏み道路の往来に邪魔にながら哭する。その哭する声が直ちに雲や空を動かす様に響く。』

通行人が出掛ける人に「あなたは、何処え何をしに行かれるのか」と問う。出掛ける人は唯、次の様に答える。『今は兵役に遣られる調べが頻りとあるのだ、或る者は十五の時から北の方、黄河の防衛に行き、今、四十ばかりに成って、又、西の方え屯田に行こうとする防河にいたときは、壮丁に成り立てだったから、村長さんが本人の為に鉢巻をしてくれたが、折角戻って来たかと思うと頭が白くなっているのに又、国境を守りにやれる、』国境では他国との土地争いの為に戦争をするので、死者の流す血は海の水ように溢れているが、それでも武帝(玄宗皇帝)の領地開拓の試みはまだやまない。

お聞きになりませんか、彼の漢(唐)の三東の二百余州では多くの村落では耕作の手が不足だから、田野にはイバラやクコが生えてている。いくら腕っぷしの良い女が留守をして鋤を手にしたところで田岡の畝に生える作物には方向も何もあったものでない。それにまた我がこの長安地方の兵は屈強で苦戦が出来ると言うので、犬や鶏と同じように追い立てて戦場に送り出される。」あなたはお尋ね下さるが、わたくしはどうして胸中の恨みを十分言うい尽くすことができましょうぞ」

今年の冬の様に未だに隴西地方へ行った卒を帰休させずにおく。お上からは、急に租税を出せとせがまれるが、租税が何処から出ましょう。男の児を生むより女の児を生む方が良いと申すことだが、、今、初めて本当にそうだとわかりました。何故なら女なら近所へ嫁にやることが出来るが男なら、どうせ戦死して草場の下に埋められてしまうばかりである』 ごらんなさい、青海の畔では昔から戦場に白骨が横たわっているが、誰もかたずけてくれるものもいない。新しい戦死者は不平をいだき、古い戦死者は慟哭して曇って湿っぽい天気のときなど彼らのなき声が啾啾と聞こえている。


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