中  夜

夔州の西閣に寓居した時の作。

夜江山静。    中夜 江山静かに
危楼望北辰。    危楼 北辰を望む
長為萬里客。    長く萬里の 客と為る
有愧百年身。    百年の身に 愧づる有り
故国風雲気。    故国 風雲の気
高堂戦伐塵。    高堂 戦伐の塵
胡雛負恩沢。    胡雛 恩沢に負く
嗟爾太平人。    嗟す爾が太平の人

[詩語解]
[中夜] 中夜は長夜のことをいうので,中宵は黄昏以後のことをいう。
[危楼] 高い楼のことをいう。此処では杜甫の寓居している西閣を指す。
[望北辰] 長安を望む,という意味。夔州から唐の都,則ち長安は北に当たる,北辰星の出る方向である。
[百年身] 人の一生を指す。
[風雲気] 変化が常になきこと。「史記」に風雲は天の客気なるものなり,とある。
[胡雛] は鳥のひなのこと。胡(えびす)のヒヨコと言えば軽蔑を含んだ語えある。 唐の長九齢が禄山が入って奏する時に,気の驕れる様子を見て,幽州を乱すのは必ず此の「胡雛」であると言ったことが有る。
[太平人] 太平の世に生活する人,と言う意味。人

詩意]
夔州の片田舎・山河の夜景は実に淋しいものである。長い秋の夜に年寄っては,眠ることも出来ないから,危楼の欄に依って天にきらめく北辰星を眺めて,長安の方角を望んでいるのである。考えてみると,私も漂泊の旅を続けて,猶を,萬里の異郷にあって故郷に帰ることも出来ず,
何も為すことも無く,最早死期にも近い年輩になった。一生涯をどのように過ごして来たのか,実に気恥ずかしい次第である。さりながら故国の風雲は変化常に無く,父母の在ます杜陵の草堂も,今や戦禍を蒙っているだろうと思うと残念でならぬ。胡のヒヨコの様な奴,安禄山が恩に叛いて反逆を企てたと言うのも,要するに,当局者が,あまりに暢気すぎて,国家のことを,うち捨てて,逸楽に耽っていたからである。
太平の世の民であぅた人達は実に気の毒な話で,嘆かわしい事だ。

[鹵莽解釋]
此の詩,杜甫の通常且つ平生の作に似ず,撲実な筆で写して居る。悲愴な字句非ずして,一片の神情に存している。結聯の「胡雛負恩沢。嗟爾太平人。」と言うに到り,感情が高調し始めて杜甫らしい,語が激越に向いている。先賢者は後学者に教える,詩は其の句法よりも神気の一貫流通している所を咀嚼すべきである,と。詩を作る工夫は其の貌を襲うよりも其の神を求めなければならない,と。神を求むるには,神似に務めなければならない。是が肝腎なところである。蓋し,作詩は難しい。筆を折って久しい,佳作に逢えば一層である。

               

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