登袞州城楼
開元二十五年,作者(杜甫)が二十五・六歳の作。袞州の城楼に登り,景色を眺め古(いにしえ)を懐って作詩したもの,杜甫の父・杜閑が袞州の司馬の官職であった。杜甫は試験に落第の後,斉・趙の地に遊び当時,父のもとを尋ねた頃の作詩と推定される。

東郡趨庭日。     東郡 庭を趨るの日
南楼縦目初。     南楼 目を縦にするの初め
浮雲連海岱。     浮雲 海岱に連なり
平野入青徐。     平野 青徐に入る
孤嶂秦碑在。     孤嶂には秦碑在り
荒城魯殿餘。     荒城には魯殿餘る
従来多古意。     従来 古意 多し
臨眺独躊躇。     臨眺して独り躊躇す。

詩語解
[袞州] 山東省滋陽県。
[東郡] 都より東にあたる郡,袞州を指す。
[趨庭] 趨とは,歩調を早めて小股に歩くこと。孔子の子の孔鯉が「趨而過庭」。孔子より詩の教えを受ける事。『論語・季氏篇。』に詩経と礼とを学ばねばならない。此処は父に省侍(教えを請う)する意。
[海岱] 東海と泰山のこと。山東省地方を『書経・禹貢』では海岱と称している。海は東海のこと,岱は泰山のこと。山東省は東は東海に接し,其の中央に泰山が聳えている。
[青徐] 青州,徐州のこと。袞州と言う山東地方の近傍には,青州,徐州と言う州がある。青州は山東省に属し,徐州は河南省に属している。
[孤嶂] 嶂は聳えている山,孤嶂は一つの聳えている山の意味。
[秦碑] 秦の時の石碑。秦の始皇帝が不老不死の薬を求めて徐福を東海の神山に捜しに使わしたが,消息が無い爲,東海に接した地に於いて神山を望見したいと言い巡幸した。その時,李斯が山東省の趨?山に駐屯し,因って李斯が趨?山に石碑を建てた。
[魯殿] 魯王の建てた宮殿。前漢の景帝の子の魯の恭王は有名な賢王で,孔子の遺宅を探り,尚書など求め出した人物であるが, 此の袞州の魯郡に封ぜられ,其の都に霊光殿と言う大宮殿を建築した。此の霊光殿は壮麗で堅固に建てられ,他の宮殿は     悉く荒廃に帰したが,漢代ばかりでなく以後も残った。[後漢・王延寿・魯霊光殿賦]に「未央,建章悉く堕ち而して霊光毅然と独立し,存す」とある。故に唐(代)は荒城ありと雖も猶,霊光殿,遺跡は,ありとみる。
[臨眺] 上から下を眺めること。


詩意
東郡と言はれていた,袞州の此の土地に来て父の「庭訓」の下に在る暇に城南の高楼に登り,見渡す限り眼を放って見たら,雲は漂うて遠く東海の方から泰山に連らなり,平野は開けて青州と徐州の方に接して渺茫として限がない。此の地,袞州には趨嶧山という山がある。この山は高く聳えて孤嶂でさらに秦(代)の石碑がある。曲阜の城は廃れて,今は廃城であるが,其の中に魯の霊光殿の遺跡も尚を存している。此の土地に来て見れば,此の様な昔の面影が残っている。眺めているちに,自から懐古の情を生じ,躊躇して楼を下ることができぬようになった。

鹵莽解説
此の詩は杜甫の壮年の作で,杜甫の詩集の多くは編年体が多く,最初に出てくる,最も人々から注目を惹き,広く知れ渉っている。作詩を志す者の「お手本」と言うべき詩であり。杜甫は三十代から四十代に最も多く作詩している
杜甫は五十九歳で逝去している。因って大作は凡よそ二十二・三年間に出来上がったと推定される。此の詩は結構が極めて謹厳完密。後世五律の作法の正式の手本とされている。

此の詩は対句を以て
首聯(1・2句)を起こし,題意は此の十字で説明され尽くしている。此を破題といい,此の筆法は最も大切な所とされる。頷聯(3・4句)は登楼眼前の景を述べ,雲と野の二つを以て袞州以外の東海,泰山,青州,徐州との関係を説き,袞州の地形を明らかにし,首聯を承け。頸聯(5・6句)は句法転ずるところ。袞州の外面,遠方の景。内面,近所に実,秦碑魯殿を思い,景を情に転開。”在余”の二字の虚字を用いて,結聯に移る。尾聯(7・8句)で「従来多古意」の句を点じて,其の情より自己の現在の地位を説き”臨眺”の二字を以て終結する。此の結法を古来より【本題の収住法】と称す,と伝えている。

詩聖;杜甫の妙,此処に極まる,頷聯(前聯)は遠景を映し縦目を受け,頸聯(後聯)は縦に近景を映し古意を出す。特筆すべきは,前聯は平面的,後聯は内容的,寓目と感懷の対比の妙。

【周弼;曰く】此の前後二聯景物を映す実の句は開元大歴の時代には此の体が多く,三体詩に於いて「四実法」と呼ぶ。

【李夢陽;曰く】景を畳む者は意は必ず二有り。詩気象は広闊で感慨は遙深である,律詩の三昧,「 南楼縦目初。浮雲連海岱。平野入青徐。孤嶂秦碑在。荒城魯殿餘」唐(代)法,律の甚だ厳なるは惟だ杜甫のみ。後の【岳陽楼】の詩と共に千古の名詩であると。


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