魯迅文集 摘録  (1)
        
魯迅文集・摘録 (2)

・外国では火薬を使って弾丸を製造して敵を防ぐが,中国ではそれを使って爆竹を作り神を祭る。外国では羅針盤を使って航海するが,中国では,それを使って家や墓の相を見る。外国ではアヘンを使って病気を治すが,中国ではそれを飯のかわりにする。
◆・外国用火薬製造子弾御敵,中国却用它做爆竹敬神。外国用羅針盤航海海,中国却用它看風水。外国用鴉片医病,中国却拿來当飯吃。
  {魯迅『電的利弊』『偽自由書』所収。

・生活がまず第一だ,人は生活しなければ,ならない。愛情はそれに従って生まれてくるものだ。
◆・第一,便是生活。人必生活着,愛纔有所附麗。
     {魯迅『傷逝』『彷徨』所收

・思い出というものは,人を楽しませるものだが,時には人を寂しがらせることもある。
◆・所謂回憶,雖説可以使人歓欣,有時也不免使人寂寞。
    {魯迅『吶喊・自序』}

・人間は思いで出しか残らなくなった時には,生きていても,つまらない,ということなのだろうが,時には思い出さえないことだってあるのだ。
◆・一個人做到只剰了回憶的時候,生涯大概総要算是無聊了罷,
但有時竟会連回憶也没有。
    {魯迅『朝花夕拾・小引』}

・人々は忘れることが出きる為に,受けた苦痛から次第に脱離出きる。また忘れることが出きる為に,往往にして前人と同じような誤ちを再び犯す。
◆・人們因為能忘却,所以自己能漸漸地脱離了受過的苦痛,也因為能忘却,所以往往照様再犯前人的錯誤。
    {魯迅『娜位走後怎様』}

・人生で最も苦しいことは,夢から醒めても行くべき道が無いことである。夢を見ている人は幸せである。もし行くべき道が見つからないのなら,その人を呼び醒まさないでやることが,一番大切である
◆・人生最苦痛的是夢醒了無路可以走。做夢的人是幸福的。尚没有看出可走的路,最要緊的是不要去驚醒他。
   {魯迅『娜位走後怎様』}所收 

・勇気のある者が怒れば,刀を抜いてもっと強い者に向かって行く。臆病な者が怒れば,刀を抜いてもっと弱い者に向かって行く。救いようの無い民族の中には,必ず子供達だけを睨みつける英雄がたくさんいる。
◆・勇者憤怒,抽刃向更強者。怯者憤怒,却抽刃向更弱者。不可救薬的民族中,一定有許多英雄,専向孩子們睥睨。
     {魯迅『雑感』『華蓋集』所收

・後世に伝わりさえすれば立派な文学となり,消滅してしまえば良くない文学となる。
◆・只要流傅的便是好文学,只要消滅的便是壊文学
     {魯迅『文学和出汗』『而已集』所收

・「諷刺」の生命は真実である,必ずしも過去実際にあったことでなくてもよいが,必ず現実にありうることでなければならない
◆・「諷刺」的生命是真実。不必是曾有的実事,但必須是会有的実情。
 {魯迅『什麼是「諷刺」?』『且介亭雑文ニ集』所收

・食欲は自己を保存し,現在の生命を保存するものである。性欲は子孫を保存し,永遠の生命を保存するものである。飲食は決して罪悪ではないし,不潔でもない。性交も決して罪悪ではないし,不潔でもない。
◆・食欲是保存自己,保存現在生命的事。性欲是保存是後裔,保存永久生命的事。飲食並非罪悪,並非不浄。性交也就並非罪悪,並非不浄。
    「魯迅『我們現在怎様做父親』『墳』所收

・笑いの中に刀が隠されているこもある。自から平和を熱愛すると称する人民も,血を見ずに人を殺す武器を持っていることがある。それはデマを造り流言するとだ。
◆・笑里可以有刀,自称酷愛和平的人民,也会有殺人不見血的武器、那就是造言。
    「魯迅 『謡言世家』」 『南腔北調集』所收

・確かに私は他人解剖する。だがもっと多くは容赦なく自分自身を解剖することであった。
◆・我的確時時解剖別人,然而更多的是更無情面地解剖我自己。
     「魯迅 『写在』「墳」後面』 『墳』所收

   魯迅文集 摘録2


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