富永 蝶如
富永蝶如。(1895~ 1988)。名は覚夢・蝶如と号す。岐阜県養老郡養老町室原の出身。同町の長願寺(大谷派)住持。同朋大学教授・大谷大学教授歴任。少時より服部擔風の門に入る。その奇才をうたわれた。著書に「擔風自選詩解」「擔風絶句選解」などがある。

   秋日山行
霜後空山萬木摧。       霜後の空山 萬木摧く
尋秋行繞一渓隈。       秋を尋ねて行々繞る 一渓の隈
何紅菓子珊瑚似。       何の紅菓子か 珊瑚に似たるは
垂在翆岩凹処苔。       垂れて在り 翆岩 凹処の苔

   妙興寺雑詩  二首の一
奇寒侵枕夢頻驚。       奇寒 枕を侵して 夢頻に驚く
魚獣鐘沈夜幾更。       魚獣 鐘沈 夜幾更ぞ
老樹有時落秋菓。       老樹 時有りてか 秋菓を落とす
瓦檐忽作戛然声。       瓦檐 忽ち作す 戛然声
 ◇魚獣鐘沈=魚は木魚。 木魚も鐘の音も鳴り止むこと。
 ◇瓦檐=金石のかち合う音のさま。
 
   妙興寺雑詩  二首の二
暁起山僧掃地行。       暁起の山僧 地を掃って行く
箒痕如浪見縦横。       箒痕 浪の如く 縦横に見わる
個中誰證香厳悟。       個中 誰か證せん 香厳の悟を
竹石有縁相触鳴。       竹石 縁有りて 相い触れて鳴る
 ◇香厳悟。「宋高僧傳」の故事。=唐の香厳山(鄧州)の智閑禅師が潙山の霊祐禅師に就いて修行中の頃、いくら参禅しても悟りが開けないので、一からやり直す心算で寺男になり、院内の畑を耕していた。偶然、鍬に石だ当たり、その石を前の竹藪に投げ捨てた。投げ捨てた石は竹の幹に当たり、カラカラと音をたてた。智閑禅師はこの音を聞き、豁然大悟したと言う

   時事雑詩 (昭和20年八月作)
水木清華自一区。       水木 清華 自ら一区
軽過今看盡焦枯。       軽過 今看る 盡く焦枯するを
黄昏尚識有人住。       黄昏 尚を識る 人の住する有るを
瓦礫堆辺燭影弧。       瓦礫 堆き辺 燭影弧なり

   寒夜読書
一穂青燈対畳䜌        一穂の青燈 畳䜌に対す
夜深繙巻雪漫漫        夜深 巻を繙けば 雪 漫漫たり
贏顛劉橛空惆倀        贏顛 劉橛 空しく惆倀

  小 庭
小庭作趣要参差。       小庭 趣きを作して 参差たるを要す
花木雑栽春自奇。       花木 雑栽して 春 自ら奇なり
別怯薔薇新長刺。       別に怯る 薔薇が新たに 刺を長ずるを
縛将痩竹補疎蘺。       痩竹を 縛し将って 疎蘺を補う

   江上途上
峰頭風捲暮雲牽。       峰頭 風捲いて 暮雲牽 く
忽向半天将雨連。       忽ち 半天に向かって 雨を将て連る
車上望迷三井寺。       車上 望みは迷う 三井寺
一龕燈下満湖煙。       一龕の燈下 満湖の煙

   桑名眺憩楼
風打潮頭吹向西。       風は潮頭を打って 吹いて西に向かう
扇城寂寞雨凄迷。       扇城 寂寞として 雨 凄迷たり
蘇川日暮逆流水。       蘇川の日暮 逆流の水
漾盪沙州芦虎啼。       沙州を漾盪して 芦虎啼く
  ◇扇城=桑名の雅名
  ◇芦虎=鳥の名。よしきり。

   頼家宅址
隣寺古松清蔭臨。       隣寺の古松 清蔭 臨む
入門便見小園林。       門に入って 便ち見る 小園林
堂前廃井絶修綆。       堂前の廃井 修綆 絶え
過客空懐汲古心。       過客 空しく懐う 汲古の心
  ◇頼家宅址=広島市中区袋町。頼山陽の旧宅。原爆で焼失したが一部が復元されて
   、「山陽記念館」として残ってる。
  ◇ 堂前廃井絶修綆。過客空懐汲古心=堂前の井戸は廃され「長いつるべ縄」も用いられず、
    過客は昔の名儒の心を汲む事は出来なく空しい。転じて、山陽に教えを請うことが出来ない
    のが残念である意