山梨稲川

山梨稲川(1771〜1826)。名うは治憲。字は元度。稲川と号した。別に崑崙山人・不如無斎・於陵子。などの号がある。現在の静岡県清水市庵原の出身。幼時から才智に優れ、八歳にして書を一乗僧院に習った。右手を痛めたため、左手で字を書いたが、草・行・隷 篆。など、いずれの書体にも通じ妙境の域に達した。

稲川は本居宣長の音韻研究にヒントを得て、設文の研究を始めて多くの研究書を著わし、之を携えて江戸に出て学界に問うつもりで出府したが、志ならず五十六歳で病没した。

   梅 影
月上花頭清影移。    月は花頭に上って 清影移り
分明水墨写瓊姿。    分明 水墨 瓊姿を写す
坐来更借?娥手。    坐来 更に借る ?娥の手
添得窓間三五枝。    添え得たり 窓間の三五枝

   夢遊天台山
夢寐飄?度萬峰。    夢寐 飄?ごして 萬峰を度る
赤城桐柏翆煙重。    赤城 桐柏 翆煙重なる
分明枕上紗窓月。    分明なり枕上 紗窓の月
挂在石梁南畔松。    石梁 南畔の松に挂りて在り
  ◆天台山:中国仏教聖地 五台山

   飲伊佐布酒家
山邨遠近淑光新。    山邨 遠近 淑光 新たに
柳色梅花酒肆春。    柳色 梅花 酒肆の春
不問姓名相対飲。    姓名を問わず 相い対して飲む
酣歌尽是太平人。    酣歌 尽くす是れ 太平の人

   幽独雑述   (六首之一)   (六首之一)
謝世隠林丘。    世を謝して 林丘に隠れる
世人誰敢求。    世人 誰か敢えて求めん
林中有孤鶴。    林中 孤鶴あり
清夜伴閑遊。    清夜 伴うて閑遊づ

   幽独雑述   (六首之二)
蓬蒿甘晦跡。    蓬蒿 晦跡に甘んじ
林嶽掩幽扁。    林嶽 幽扁を掩う
昨自青山返。    昨は青山より返りし
松根得茯苓。    松根に 茯苓を得たり

   龍華寺晩眺
古台晩動石楼鐘。     古台 晩に動く 石楼の鐘
海上瞑煙十里松。     海上 瞑煙 十里の松
風静波濤開玉鏡。     風静かに 波濤 玉鏡を開く
雲天淡掃雪芙蓉.。     雲天 淡く掃う 雪芙蓉

   東 風
風習習引繁陰。      風 習習 として 繁陰を引く
灑作仲春十日霖。      灑いで作す 仲春 十日の霖
未発桃花紅黯冉。      未だ発かざる 桃花 紅黯冉
漸舒柳葉緑深沈。      漸く舒ぶる柳葉 緑深沈
清遊久廃登山屐。      清遊 久しく廃す 登山の屐
幽抱空弾流水琴。      幽抱 空しく弾ず 流水の琴
寂寞柴門人不問。      寂寞たる 柴門 人 問わず
千秋自愛遂初心。      千秋 自ら愛す 遂初の心

       08/11/17       石 九鼎  著す