★★ 空海詩存 ★★其の一 宝亀5年(774)護岐国多度郡、で生誕したと伝える。幼名、真魚。父は佐伯直田公、母は阿刀氏。然し近年、生誕地は畿内と言う説もある。『弘法大師空海の研究』(吉川弘文館)参照。延歴7年(788)都に出、母方の舅(おじ)阿刀大足について、論語、孝経・史伝・文章等を学ぶ。後に大学(明経科)に入学し春秋左氏伝、毛詩、尚書等を学ぶ。20歳すぎに大学を去り、山林での修行に入ったとされる。『空海僧都伝』によれば当時の心境を「我習う所は古人の糟粕なり。目前に尚も益なし。況や身斃るるの後をや。この陰已に朽ちなん。真を仰がんには如かず」と伝えている。空海の得度に関しては古来様々に云われてきたが、現在は31歳得度・受戒説が有力となっている。
空海の若き日の苦悩。 なぜ人は生まれて来るのか。人はなぜ老いて病み死んでいくのか。 今の人生にどんな意味があるのか。 なぜ高い位に生まれ栄華を極める者がいる一方で、生まれながらに体が不自由で貧しく恵まれない者がいるのか。 今学んでいる学問に貴重な時間をかけて学ぶ価値があるのか。 大學を出て立身出世をして、それが本当に幸福といえるのか。 旨く立ち回って出世する者もあれば実直に働いて認められない者もいる。立派な家に住み美しい着物を着て素晴らしい車に乗り瞬く間に過去のものになり消え去る流行を追い求めことが幸せなのか。死とは何か。そして死後にはどんな世界が待っているのか。 空海はこれらの答えを探す為に苦しんでいた。十五歳で上京し十八歳で栄達が約束された大學へ地方豪族の子としては異例の入学が出来た。一族の大きな期待を一身に受けていた。空海の出世が一族の繁栄に繋がる時代であった。都の政治権力闘争の中で造営中途放棄され、空海21歳の時、更に北の平安京へと移された。長岡京造営が始まる。陰謀により早良親王が乙訓寺に幽閉され憤死する。その後も朝廷には不吉なことが多く出現する。四国の讃岐から上京したばかりの多感な青年期の空海は、この激しい政治腐敗と人間の権力や富への果てしない欲望。弱肉強食の世界を見るにつけ深い絶望感を抱く。空海は大學の学問に知的欲求を満たし宇宙の真理を解き明かし又、自からの問いに答え得る真実の輝きがあれば、ひたすら学究の徒としての道もあった。 然し、空海は「今の大學の学問はすでに過去の遺物、かすのようであり、今を生きる者にとっては全く役に立たない。まして死後のことなどを。深く悩む心に光りを当てられない。この身は刻一刻と老いて死に向かっていく。本物を求めよう」 このように述べている。空海には兄二人が若くして亡くなっていることも空海に生命の儚さを実感させ、生命とは何かという深い問いを持たせた。空海を宗教哲学の輝く精神へと誘った。一族の期待を担って進んだ大學を悩みながら去った。国が取り締まりに手を焼き弾圧までした私度僧という山林修業者の中に自由を求めて身を投じてしまう。空海の精神は山で癒され満たされ自由を感じていた。山に一人の沙門、僧がいた。その沙門が誰なのかは解らない。奈良の高僧勤操とも言われている。その沙門から一つの秘法を授かる。虛空蔵菩薩の真言を法に従い百万回唱えると、あらゆる教えも教典も立ち所に暗記出来るという。空海はこの法を行じた。山中で眼前に海が洋洋と広がる岬で。 空海を仏教へ誘ったのは教典では無くこの山中や海へ臨んで真言マントラを唱え続けたときに輝いた明星にほかならない。宗教的開悟の原始体験。その光源を極めるための新たなる旅が始まった。 延歴(23年)遣唐大使の乗る第一船で肥前国松浦郡田浦を出航、入唐の途につく。空海の活躍期は9世紀の前半。中国で中唐時期に相当する。中唐は唐詩の第3の興隆期。「駢儷体」に替わる「古文」という新しい散文の文体が形成された時期になる。この時期の詩人では、韓愈、白居易、栁宗元、等、然し空海が彼等と相知る機会は無かった。空海は『文鏡秘付論』に於いて作詩の一般的な規則を提示している。詩を作るに就いて,声韻の結果によって起こる八つの忌むこと,即ち避けなければならない事が有る。是は,梁の沈約が定めたもので,称して詩の八病と言う。現代の漢詩衰退時には,厳しく戒められないが,一応この様なことが有る,と認識する程度で良いとされている。「詩の八病」に即いては曾って吉川孝次郎氏が『文鏡秘付論』について批判的な評価をされていた。「詩の八病」の類例については、筆者=石九鼎の漢詩館。詩の八病 を参照されたい。 詠響喩 口中峡谷空堂裏。 口中 峡谷 空堂の裏 風気相撃声響起。 風気 相い撃ちて声響起こる 若愚若智聴不同。 若しは愚 若しは智 聴くこと同じならず 或瞋或喜匪相似。 或いは瞋り 或いは喜ぶ 相似に匪らず 因縁尋覓曾無性。 因縁 尋に覓む 曾つて無性なり 不生不滅無終始。 不生不滅にして終始なし 安住一心無分別。 一心に安住して 分別すること無かれ 内風外風誑吾耳。 内風外風 吾が耳を誑かす 聞後夜佛法僧鳥 閑林独座草堂暁。 閑林 独座 草堂の暁 三宝之声聞一鳥。 三宝之声 一鳥を聞く 一鳥有声人有心。 一鳥 声あり 人 心あり 声心雲水倶了了。 声心 雲水 倶に了了 声字実相義 五大皆有響。 五大 皆な響き有り 十界具言語。 十界 言語を具す 六塵悉文字。 六塵 悉く文字なり 法身是実相。 法身は是れ実相なり 過因 莫道此華今年発。 道う莫れ此の華 今年発くと 応知往歳下種因。 応に往歳の種因を下せしを知るべし 因縁相感枝幹聳。 因縁 相感じ枝幹聳へる 何況近日遭早春。 何ぞ況んや近日 早春に逢うことを 献柑子 桃李雖珍不耐寒。 桃李 珍と雖えども 寒さに耐えず 豈如柑橘遇霜美。 豈に柑橘 霜に遇うて美なるに如かん 如星如玉黄金質。 星の如く玉の如く 黄金の質 香味応堪実簠簋。 香味 応に簠簋に実つるに堪るべし 太奇珍妙何将来。 太はだ奇なる珍妙 何こに将ち来る 定是天上王母里。 定めて是れ天上の王母の里ならん 応表千年一聖会。 応に千年 一聖の会を表わすべし 攀摘持献我天子。 攀じ摘まんで持って我が天子に献ずる 中寿感興 黄葉索山野。 黄葉 山野に索め 蒼蒼豈始終。 蒼蒼 豈に始終なるや 嗟余五八歳。 嗟、余は五八歳 長夜念円融。 長夜 円融を念う 浮雲何処出。 浮雲 何処より出づる 本是浄虚空。 本とより是れ 虚空を浄す 欲談一心趣。 一心の趣を 談ぜんと欲す 三曜朗天中。 三曜 天中に朗かなり 般若心経秘鍵 真言不思議。 真言は不思議なり 観誦無明除。 観誦 無明を除く 一字含千理。 一字 千理を含む 即身証法如。 即身 法如を証す 行行至円寂。 行行として円寂に至る 去去入原初。 去去として原初に入る 三界如客舎。 三界 客舎の如し 一心是本居。 一心 是れ本居なり 詠旋火輪喩 火輪随手方与円。 火輪 手に随い 方と円と 種種変形任意遷。 種種 変形は意に任せて遷る 一種阿字多旋転。 一種の阿字は多く旋転す 無辺法義因茲宣。 無辺の法義 茲に因って宣ぶ 現果 青陽一照御苑中。 青陽 一たび照らす御苑の中 梅芯先衆発春風。 梅芯 衆に先んじて春風に発く 春風一起馨香遠。 春風 一たび起こり馨香遠し 華蕚相暉照天宮。 華蕚 相い暉き天宮を照らす 参考文献: 松岡 正剛 空海の夢 阿部 龍樹 空海の詩 興善 宏 空海(秘府論) 2010/01/07 石 九鼎 |